丸本華代さんの山口案内
YCAM作品、聖地巡礼の旅
丸本華代(まるもと・はなよ) 藤井友加里(ふじい・ゆかり) 齋藤尚子(さいとう・たかこ)
私はかつて、山口市役所に20年間勤務していましたが、2013年に開催されたYCAM 10周年記念祭の当時は、文化行政に携わる職員としてYCAMに深く関わっていました。
頻繁にYCAMに通うようになったのも、その頃に仕事で関わったことがきっかけです。
あれから早くも10年。今はどこかへ出かける旅行ではなく、山口に来てもらう旅行を作ることを生業にしようと小さな歩みを始めたばかりです。
YCAMはこれまでに、作品制作のリサーチの対象として、また展示空間として、あるいは撮影場所として、山口市内のさまざまな場所を選んできました。それらの場所は私にとって「おっ!そこに行くのか~。流石だなぁ」という目のつけどころの鋭さを感じる場所が多いのです。
ここでは、そんなYCAMと関わりのあった場所を辿る旅をご紹介したいと思います。
おすすめ旅程
1日目:新山口駅周辺〜湯田温泉
シェアサイクル
シェアサイクルで約20分
旧桂ヶ谷貯水池堰堤
シェアサイクルで約20分。
往路とは違ったルートで戻ってもいいかも。
ふしの屋
新山口駅北口までシェアサイクルで約3分。
シェアサイクルを返却してJR山口線に乗車し、湯田温泉駅まで約20分
足湯
ゆっくり徒歩で約20分、もしくはシェアサイクルを湯田温泉駅のポートで借りて約5分
YCAM
ゆっくり徒歩で約20分、もしくはシェアサイクルで約5分
湯田温泉
残したい景観
出発はJR新山口駅。北口の自転車置場でシェアサイクルを借り、最初に向かう先は、旧桂ヶ谷貯水池堰堤です。
ここは、YCAMで制作されたムン・キョンウォンさんによるインスタレーション作品《プロミス・パーク》(2013年~17年)のモチーフの一部に、そして三宅唱さんによる映画《ワイルドツアー》(2018年)では撮影場所にもなるなどの、関わりがあります。YCAMが20周年を迎える2023年にこの建築は竣工100周年を迎えます。
旧小郡町で町民の上水道を支え、鉄道のまちを支えたこの小さなダムは、今は役割を終え森の中で静かにかつ存在感を保ちながら佇み続けています。
堰堤を子どもの時から見続けてきた地域住民の方のお話に耳を傾けながら、「赤れんがの装飾が素敵......」と呟く藤井さんの声が聞こえてきました。
そのあとは、新山口駅へ戻り地元で愛され続ける、ふしの屋のお蕎麦を堪能したら、JR山口線で湯田温泉駅まで移動。YCAMへ、そして湯田温泉に1泊します。
おすすめ旅程
2日目:旧市内を巡る
一の坂川
シェアサイクルで約5分
洞春寺
敷地内を移動
水ノ上窯
シェアサイクルで約5分
野菜食堂ToyToy
シェアサイクルで約3分
野田神社・豊栄神社・野田神社能楽堂
シェアサイクルで約2分
酒のムラタ
シェアサイクルで約10〜15分
一の坂川や商店街を通って山口駅でシェアサイクルを返却してこの旅は終了
自転車で風を切る
翌朝もシェアサイクルを使い、一の坂川まで一気に自転車を走らせます。
この周辺はYCAMで制作された瀬田なつきさんによる短編映画《5windows mountain mouth》(2013年)の撮影場所になったほか、同じく瀬田さんのインスタレーション作品《5windows〈山口特別編〉》(2013年)の展示場所にもなりました。
目を閉じると川沿いを自転車で疾走する主人公の軽やかさが脳裏に甦ってきます。
受容するお寺
そのまま一の坂川に沿って上り、国宝・瑠璃光寺五重塔を有する香山公園の前を左手に曲がると、こちらも歴史ある寺院、洞春寺の山門が見えてきます。
ここ洞春寺では、ホー・ツーニェンさんによるインスタレーション作品《ヴォイス・オブ・ヴォイド─虚無の声》(2021年)に関連して「座禅体験会」が開催されました。
私たちもまずは座禅体験から。鐘の合図と共に、視線を落とし座禅を開始すると、それまで耳に入っていなかった鳥達の小さなさえずりがはっきりと聞こえ始めました。
座禅を終え、ここからが洞春寺の神髄。このお寺には、2人に「次は1日かけて朝から晩までいたい」、「絶対また帰ってくる」と言わしめる不思議な引力が宿っているのです。
境内には、なぞの現代アート、池に浮かぶ手作りの筏、大木にかけられたツリーハウス、陶芸の「水ノ上窯」まであって、その前を本物のヤギが直立しています。また、本堂では寄席やコンサートが頻繁に開かれるので、門の傍には手書きの公演スケジュールが掲げられています。
究極の「来るもの拒まず」が体現された小さな理想郷などと独りごちてみるものの、一言ではとても掬い取ることができない唯一無二の場所。使い込まれたインディゴブルーの法衣に身を包んだ深野住職は、いつものように飄々として笑っています。
美味しいだけじゃない食堂
後ろ髪を引かれるように洞春寺をあとにして自転車で5分、野菜食堂ToyToyでランチを。
このお店を経営されるご夫妻はYCAMにとって開館当初からの常連のお客さんなのですが、商店街に常設された宇川直宏さんによる放送スタジオ「YCAMDOMMUNE」(2013年)でのカフェバー運営や、研究開発プロジェクト「YCAMバイオ・リサーチ」でのゲノム弁当の考案や調理、そのほかにもYCAMのイベント時の出店やゲストへのケータリングなど関わりを挙げるとキリがありません。
齋藤さんは入店してすぐにラックに設置された「縄文ZINE」に目が釘付け、普段から植物性の食事を心掛けている藤井さんは素材の味を生かす野菜の調理法や店主の村田さんのお話に興味津々でした。
静寂に包まれた空間
おいしいランチに満たされ、最後の目的地、野田神社へ。
ここは、坂本龍一さんと高谷史郎さんによるインスタレーション作品《LIFE–WELLインスタレーション》(2013年)が展示された場所です。枯池から定期的に発生する人工霧と霧に呼応する音が、野田神社の神聖な雰囲気に際立って、幻想的な空間を作り出していたことを思い出します。
私たちは野外能楽堂を外からじっくり見学したあとで社殿へ向かい、まずはお参り。そして、静謐な空気に包まれながらゆっくりと歩いていると、いつも明るく冗談を飛ばしあっている2人も言葉少なに......。
この静けさにいつまでも浸っていたくなりますが、そろそろ時間です。
さて、YCAMが開館してからの20年で関わりのあった場所を巡る小旅行。今回はこれで終わりです。
ただ、他にも訪れたい場所はたくさんありました。
例えばポール=アンドレ・フォルティエさんによる《30×30》(2006年)や「やまぐちアートコミュニケータープログラム」(2021年~)、「コロガルあそびのひゃっかてん」(2022 年~)など様々なプロジェクトを展開した商店街。こちらもぜひ歩いてみてください。町の雰囲気や暮らす人たちの生活の一端がなんとなく伝わってくると思います。
旅を終えて
山口探訪は続く
初めてYCAMを訪れた際、そのの存在感に衝撃を受けました。
作品ゆかりの場所で感じるにおいや音にそっと歴史を重ねました。颯爽と漕ぐ自転車で感じる風、穏やかな山口線の車内、静かに佇む赤れんが、リズミカルに鳴り響く洞春寺の大太鼓。その土地の記憶は、実際にそこで出会った人や話と密接にリンクします。
今回、地元の方々から貴重なお話を伺い、またこの土地の新たな情景が見えました。
山口の友人たちが、「山口にそんな場所があったの!?」と興味深そうに話を聞いてくれた姿が印象に残っています。
訪れるたびに新たな魅力を発見するこの地に、私の探索はまだ続きそうです。(藤井)
昨年8月に初めて山口の地に足を踏み入れ、美しい風景や静かな環境、居心地の良い人々に魅せられ、はや5回、山口を訪れました。
そして、何度来てもその度に新たな魅力に出会うことができています。このツアーもまた然り。
次回はもっとゆっくり時間をかけて訪れてみたい場所ばかりでした。
まだまだ面白い場所が秘められているに違いなくて、この沼から脱出するのは難しそうです。
また、今回のツアーでは、自転車や徒歩で移動することが多く、実は地元の小さなお菓子屋さんやパン屋さんにいくつも立ち寄りました。
車だと見過ごしていたかも知れない素敵なスポットに出会えたことも、この旅の良さだったと思います。(齋藤)
案内人
丸本華代(まるもと・はなよ)
藤井友加里(ふじい・ゆかり)
齋藤尚子(さいとう・たかこ)