東京物語

コミュニティシネマ初の小津作品、満を持しての登場です。近年「世界の映画」に堂々5位に選ばれたのは黒沢明でも溝口健二でもなくこの小津安二郎の『東京物語』でした。決してドラマチックでもなく、流れる様なカメラワークでもない、ハリウッド映画から見れば対極にあるこの映画が世界に認められたのは、そのテーマの普遍性つまり小津映画全てに共通する「家族」「愛」「生活」が実にしっかりと描かれているからではないでしょうか。物語は尾道から始まります。老夫婦（笠智衆、東山千栄子）が東京にいる子供達を訪ねてまわります。長男（山村聡）、長女（杉村春子）を訪ねたあと、戦死した次男の嫁（原節子）の狭いアパートを訪ね、やっと安らぎを覚えるのです。「家族」とは何でしょう。相手を思いやる「愛」とは……。しかし子供達にも「生活」があるのです。「日常」を保とうとすれば時には相手に残酷な仕打ちをしてしまうかもしれません。淡々とした会話、あまり動かない視線、大袈裟でないしぐさや表情。造りものである映画が全くの等身大の「日常」として描かれているため、いつしか観客はこの静かな映画のなかに自らが入り込んでいってしまいます。これがまさに「小津ワールド」です。現在、立て前だけの「愛」や「正義」をふりかざして多くの家族の命が奪われています。当たり前の日常を送る事がどんなに尊いことか、さり気ない思いやりがどれだけ愛に満ちているか、しみじみ考えさせてくれる名作です。
解説：小澤由己子（コミュニティシネマ／プログラムコミッティ）