《5本足の椅子》と《5×5 Legged Stool》
身体やスコア、スケッチ、テキストなど、戯曲ではないものから演劇を起こす篠田の演劇シリーズ「四つの機劇」のひとつとして、篠田が発表した《5×5 Legged Stool》は、ポストモダンダンスの旗手として知られるアンナ・ハルプリンの《5本足の椅子》(1962年)を元に制作された。
《5本足の椅子》には、音楽における楽譜、演劇における戯曲に相当する「ダンススコア」が残されている。しかしそのダンススコアは、出演者のステップや四肢のポジションなど身体のフォームの再現を目指す一般的なダンススコア/舞踊譜とは異なり、5人の出演者がいつどこで何をするのかというむしろ活動の計画が記されているのが特徴である。
《5×5 Legged Stool》では原作に登場する5人の役を、ダンサーの福留麻里が一人で演じ、あらかじめ撮影されたダンサーの映像を舞台上に重ね合わせることで、同じ時間軸で進行する5人の動きが表現されていた。
《5×5 Legged Stool》から《5x5x5本足の椅子》へ
《5x5x5本足の椅子》は、公演の会場を舞台からインターネット上に移すことで、この《5x5 Legged Stool》の演出と鑑賞体験を大幅にアップデートしている。ここでは、篠田のコンピューターのデスクトップ画面を観客に共有し、篠田自らがデスクトップ上で複数のウィンドウを操作しながら、さまざまな映像や資料を紹介しながら進行する「レクチャーパフォーマンス」の形式が取られている。
出演者の福留に加え、山口、東京のダンサーが別々の場所で《5本足の椅子》に登場する人物の役割を担い、配信では、これら3人の映像が同時に上映される。併せて、ダンスとともにハルプリンのスコアのどの部分を踊っているのかを示すアニメーション、さらには本作でスコアがどう振付として解釈されたのかをテキストで表示することで、篠田による作品の演出が輻輳的に紹介される。
加えて、60年代にハルプリンのもとで学んだダンサーであるケイタケイや、『5本足の椅子』が上演された当時のエピソードに詳しいハルプリンの研究者のインタビュー映像も差し込まれるなど、《5×5 Legged Stool》にはなかった原点へのユニークなアプローチが展開されるとともに、ライブ(現在)と記録(過去)といった複数の時間軸が、篠田のデスクトップ上でリミックスされる。
オンラインにおける「劇場空間」とは何か
新型コロナウイルス感染症の感染拡大を背景に生まれた本作では、ハルプリンのスコアに書かれた空間的注釈を、オンラインの空間へと独自にマッピングし、さらには観客の体験を、篠田のナビゲートによって生まれる不思議なライブ感覚を纏いながら、記録とライブ映像をその境界が不明瞭なまま視聴する行為へと置き換えていく。
特に際立つのは劇場における観客席や、観客の存在で、作品の後半、(mo:zi//a)Hubsを使用するこで、篠田と観客がオンラインの3Dの空間にアバターとして集い、ハルプリンのスコアに登場する「ステージハンド」の役割を果たすように導かれていくシーンである。「舞台上」で観客が演出家と出会い、演出の一部を担う行為が、観客自らがデジタルの身体を持つことで実現し、観客それぞれの劇場や演劇という記憶・想像力が交差するシーンは、本作のハイライトの一つといえる。
タイトルが暗示する通り、約半世紀前に記されたハルプリンのスコア(2次元)から、《5×5 Legged Stool》で3次元的な舞台へと演出された作品は、本作でさらにまた別の空間的な拡がり、そして時間的な拡がりを見せていく。物理的空間に演者と観客が同時に集う劇場の体験を、改めて捉えなおし、演劇とはなにかという篠田の長年の活動の新たな展開を予期させる作品となっている。