本作は19世紀のオーストリアの作家/画家のアーダルベルト・シュティフターの小説に刺激を受けて制作された。ゲッベルスはその物語を舞台で再現するのではなく、登場人物を取り巻く自然や物の描写の仕方に注目し、人間不在のまま、テクストと人工的な自然が共鳴しながら展開するというアプローチで実現を試みている。これにより、美や自然に対する人間の意識だけでなく、従来人間が中心に据えられる舞台と観客の関係という演劇の基本構造すらも問い直そうとしている。
舞台中央には5台のピアノが内部を晒された状態で積み上げられ、自動的に音楽やノイズを発するようプログラムされ、時にダイナミックに舞台上を移動する。ここに古今東西のさまざまな楽曲のほか、シュティフターが著書「曾祖父の遺稿」(1847年)の一節を読み上げる音声や、文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースのインタビュー音源、パプアニューギニアの歌といった自然について語る人々の声などが引用され、重ね合わされる。さらに機械で制御され、時に相互に反応し合う氷や水、風、砂が織りなす微細な音も含めた精緻な音響空間が観客を魅了する。
水や風のような自然物と、その対極にある、ピアノのような人の手によってつくられた洗練された機構が連動することで、未来の都市に残された〈自然〉ともいうべき、魅力的なイメージに満ちた世界が出現。五感を刺激する「マルチメディア・インスタレーション」とも呼ぶべき公演では、観客は俳優や音楽家に代わって主役を務める数々の事物(=Dinge)の変化に耳を澄ませ、目を見張ることになる。