会場には、10面の大型スクリーンが渦巻き状に連続して設置されており、そこに『-273,15℃=0 Kelvin』で使用されているラジオ局内部を捉えた映像や「惑星ソラリス」のワンシーンをモチーフにした映像に加え、この作品のために新たに制作した映像が投影されている。鑑賞者は、現実と記憶、現代と過去、フィクションとノンフィクション、資本主義的リアリティと社会主義的リアリティがないまぜになった幻惑的で優美な映像に飲まれながら、〈何かが冷凍されたように保存された環境〉というラジオ局と惑星ソラリスの間にある奇妙な共通点、そして、そうした環境で何かを再現/補完しようという人々の姿を目の当たりにすることになる。
-273,15℃=0 Kelvin
旧東ドイツ時代に「DDRラジオ放送局」として使用されていた建築物が持つ奇妙な存在感に注目し、その内部を長回しで撮影した映像作品。建築の映像のほか、「惑星ソラリス」に登場するワンシーンをモチーフにした映像や、ゲルハルト・リヒターの絵画作品「1977年10月18日」を想起させる映像がオーバーラップしていく。
タイトルは人間が到達し得ない絶対零度(-273.15℃)を指し示すとともに、「惑星ソラリス」の主人公で、ソラリスの海が持つあらゆる存在を再現する能力を前に苦悩する心理学者ケルヴィン博士のことを示唆している。
DDRラジオ放送局
旧東ドイツ政権下の1956年に、ベルリンのナレパシュトラーセに建設された国営ラジオ局。設計はバウハウス出身の建築家フランツ・エーリッヒが手がけた。当時のあらゆる最先端技術を注ぎ込んで建設されたこの施設では、レコーディング用のホールがノイズを避けるためだけに宙吊りにされているなど、現在でもなお通用する良質な音響空間を誇っている。
なお、本作の渦巻き状にレイアウトされたスクリーンは、このラジオ局内部にある特徴的な録音スタジオの造形に由来している。
本作のために追加したシーン
本作では『惑星ソラリス』に登場する未来都市のシーンと、それを再現した映像を、作品の重要な構成要素として追加している。前者はタルコフスキーが来日した1972年夏に東京で撮影されたもので、首都高速を走行する映像と、東京の街並みを見下ろす映像の2つからなる5分ほどのシーンである。フィッシャー&エル・サニは、それらを細かく分析することで、走行ルートはもちろんのこと、街並みを見下ろした場所が赤坂プリンスホテルのある部屋であることを突き止め、『惑星ソラリス』とほぼ同じ構図の映像を撮影することに成功した。
本作では、この2つの映像を併置することで、フィクションとリアル、過去と現在を鋭く対比させ、両者の差異を浮かび上がらせている。