本作は、古代ギリシアで三大悲劇詩人と謳われたアイスキュロス(紀元前525年~紀元前456年)の悲劇「縛られたプロメテウス」を原作としている。原作では、男神プロメテウスは主神ゼウスから火を盗み、人間へと与えたことでゼウスの怒りを買い、山の頂に縛りつけられ永遠の苦しみを受ける罰に処される。作中の一節「人間の持つ技術は皆プロメテウスの贈物たるを知れ」が暗示するように、本作における火とは「テクノロジー」を指すといっても過言ではない。テクノロジーは人々に利便性や発展をもたらしたが、同時に戦争や環境破壊のように、多様な生命に対して危機的影響を与えている。未来において、私たちの身体はテクノロジーとどのような関係を結んでいくのか、VRと演劇を通じて、人間の生命活動のあり方を問いかける。
本作では観客はヘッドマウントディスプレイを装着し、会場内を自由に歩き回ることができ、そして、どこからか聞こえてくる「声」に耳を澄ませる。目の前には会場にいる他の観客の姿が見えるが、そこに抽象的なアニメーションが次々とオーバーラップしていく。VR表現が生み出す「仮想現実」への没入感覚と、一方で引き戻される「現実」への視点が相互に混じり合い、「他者」の声が語る物語は私たちの見ている「現実」にもう一つの層となって折り重なり、観客の中に新たな物語として芽生えていく。