会場の中央にはパノラマカメラが2台設置されており、撮影された周囲の映像はコンピューターによってリアルタイムに円筒型の3DCGオブジェクトに変形され、会場前方のスクリーンに映し出される。2つの円筒型オブジェクトは、時に作者である藤幡が「モレルの発明」の一節を朗読する様子を捉えた映像も挟み込みながら、絶えず絡まり合い、形を変えていく。
パノラマカメラ
一般的にカメラとは、レンズの前に存在する被写体を撮影する装置であり、撮影をおこなう人間の視線の代理として被写体へ眼差しを向ける。しかし、特定の方向に限定された視線を持たないパノラマカメラには、レンズに対する前後という概念が無い。このため、撮影者であったとしてもパノラマカメラから隠れることができず、どこにいても被写体として常にその全方位的な〈視線ならざる視線〉にさらされることになる。見る者が常に映し出される者でもある、という点では、パノラマカメラはカメラであると同時に、鏡のような性質も併せ持っていると言える。
スクリーンに投影される3DCG
本作では、2台のパノラマカメラによって撮影された映像を、コンピューターによってリアルタイムに2つの円筒型の3DCGオブジェクトとしてレンダリングし、会場前方のスクリーンに映し出す。2つのオブジェクトはそれぞれ拡大や縮小などの変形を繰り返しながら、絡まり合っていき、またオブジェクトを見つめる視点もオブジェクトの外部と内部、上と下をゆったりと行き来していく。鑑賞者はパノラマカメラにそのイメージを吸い込まれつつ、それをさまざまな形態で外部から視ることになるため、鏡ともまた異なる主体とイメージの関係を結ぶことになり、自意識の変容が促されることになる。
朗読する作者
スクリーンに映し出された円筒形のオブジェクトには、時折、作者である藤幡本人が「モレルの発明」の一節―主要な登場人物であるモレルが自身の発明した立体映像再生装置について語っている部分を朗読する様子を収めた映像が挟み込まれている。この映像は、事前に会場で藤幡本人がパノラマカメラを使って記録したもので、スクリーンの中でリアルタイムに撮影された映像と過去の映像が共存し、並行した2つの時間が展開していく。
これによって、鑑賞者が立体映像再生装置に衝撃を受ける「モレルの発明」の主人公である「私」とオーバーラップするとともに、カメラの出現によって生み出されたイメージの記録性と再現性の問題、そして作者の存在が浮かび上がる。