わたしとYCAM
ワイカムまでお願いします。
YCAMとは2003年の開館記念展「メディアソケッツ」から始まって、2006年の個展「WORLD B」、2008年の「YUDA ART PROJECT」への参加、そして2018年の「メディアアートの輪廻転生」の共同キュレーションなど、開館から15年、人間同士なら幼馴染と言えるぐらい長い付き合いになった。
プロジェクトのたびに何度も山口まで足を運び、温泉につかりながらYCAMのスタッフとともに制作に取り組む。そんな環境が私にとってはすっかり馴染みのものとなった。だが、山口の人にとってはどうだろう?温泉地に突如現れたピカピカの先端芸術施設、それがこの土地に馴染むんだろうか?開館当時はそう思っていた。しかし最近、この15年の間にYCAMと地元の関係は確実に変わってきたんだな、そう感じる出来事が、タクシーの運転手さんとのささいなやりとりの中であった。
山口での滞在中、移動にタクシーを使うことがある。そしてもちろん、タクシーに乗ったら行き先を告げる。YCAMの正式名称は「山口情報芸術センター」だが、私は、開館当初からスタッフや関係者が好んで使っていた「ワイカム」と呼んでいる。なので、タクシーに乗ると、運転手さんに「ワイカムまでお願いします」と言っていたのだが、最初の頃はそれがほとんど通じなかった。「情報芸術センターまで」とか、ときには開館当初の愛称だった「ビッグウェーブまで」と言わなければ目的地までたどり着けなかったのだ。確かに「YCAM」と文字で見ても何と読んでいいのかわからない。ワイシーエーエム?イカム?ワイキャム?よくわからない。技術用語なんかにも、これ何て読むんだ?というような略語があるが、そういったのは厄介だ。
そんな感じで、「ワイカム」という呼び名は地元の人に馴染んでいなかった。それが分かってから、タクシーでは「情報芸術センターまでお願いします」と言うようにしていた。そして、2018年に訪れたときも今までどおり「情報芸術センターまで」とタクシーの運転手さんに行き先を告げた。すると運転手さんは、「はい、ワイカムですね〜」と確認し返してきたのだ。あれ?ワイカムって通じたっけ?たまたまかな?と思ったのだが、たまたまではなかった。滞在中乗ったタクシーすべてで「ワイカム」が通じたのだ。「情報芸術センター」でもなく「ビックウェーブ」でもなく、「ワイカム」。YCAMのスタッフや関係者が好んで使ってきた呼び名が地元に浸透してきたということ、それは、YCAMの活動が少しずつ山口の人や街、温泉の湯けむりや周囲の山々と混ざり合って馴染んできた証拠なのかもしれない。同じ呼び名で呼んでいる、ただそれだけのことなのだが、一日で成すことはできない大きな変化を感じた出来事だった。
プロフィール
1996年より千房けん輔とアートユニット「エキソニモ」として活動。デジタルとアナログ、ネットワークと実空間を柔軟に横断しながら、テクノロジーとユーザーの関係性を露わにし、ユーモアのある切り口と新しい視点を携えた実験的なプロジェクトを数多く手掛ける。